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小説「脱Excelという呪縛」

登場人物設定(すべて架空)

  • 村田 誠一(むらた せいいち) 中堅製造業「嶺北ファクトリー」製造部門の中間管理職。現場一筋15年の実直な男。

  • 岸本 亮介(きしもと りょうすけ) 嶺北ファクトリーの情報システム部課長。経営層の意向に沿って動くDX推進担当。

  • 西川 美咲(にしかわ みさき) 外部のシステム開発会社「ネクストリンク・ソリューションズ」のSE。理論優先のタイプ。

  • 神谷 専務(かみや せんむ) 展示会で見た最新ITに影響を受け、社内に「脱Excelとクラウド化」をスローガンとして掲げる。


序章:理想だけが先行するDX

「Excelでの管理は時代遅れだ。今後はすべてクラウドベースで統一する。」


神谷専務の一言で始まったDX推進プロジェクト。目的は"脱Excel"と"クラウド化"。現場ではExcelを中心に管理された工程進捗表や在庫リストが日常的に使われていたが、それらは“非効率”と判断された。


岸本課長がプロジェクト責任者となり、ネクストリンク・ソリューションズと契約。現場の意見は一切聞かれないまま、要件定義は役員とシステム部だけで進められた。


新システムの導入に不安を抱く現場。ある日、村田は作業終了後の打ち合わせでつぶやいた。


「俺たちの仕事、誰が一番よく分かってるんだろうな……」



脱Excel



展開:現場を見ないシステム選定

導入されたのは「BizTrack Pro」という多機能クラウド業務パッケージ。


・在庫管理、出荷計画、工程進捗、勤怠、原価管理、品質トラブル報告などがすべて一体化。・毎日ID/PW入力、二段階認証、マスタ登録が必須。・進捗報告のために6画面を跨ぐ必要あり。・手書きチェックリストの代替機能が未対応。・バーコード未対応、機器連携なし。


初期導入費は1,200万円。月額保守とライセンスで年間約300万円の追加コスト。導入教育・現場説明用の研修費も合わせて、総額は2,000万円を超えた。


現場のオペレーターは、紙に書いた作業結果をいったんExcelにまとめて、それをさらにBizTrack Proに転記するという三重作業に追われる羽目に。


「これ、クラウドである意味あるのか……?」


村田の言葉に、同僚の斉藤がうなずいた。


「前より手間が増えてるだけだよ。マスタ更新なんて、毎週ルール変わるし……」

「結局、Excelに戻りたいってみんな思ってるよ」


昼休憩の食堂では、そんな声がひそひそと囁かれていた。



転機:聞かれぬ声、擦れ違う論理

現場の悲鳴は岸本にも届いたが、「クラウドにすればどこでもデータにアクセスできるんです。これが今の標準ですよ」と意に介さない。


村田が直接岸本に意見を伝えた日、短いやりとりがあった。


「岸本さん、このシステム、本当に便利になるんでしょうか」


「便利かどうかじゃないんです。標準化の一環です。社外に見せられる体裁も大事ですから」


その返答に、村田は何も言い返せなかった。


西川SEは「導入目的が“脱Excelとクラウド化”とのことでしたので、それに即した設計です」と淡々と答える。


だが、そもそもクラウドである必要はなかった。社内共有で十分だった。しかも、Excelは柔軟で高速。現場には最適なツールだった。



クライマックス:静かなる造反


業務の非効率は極限に達し、進捗遅延・ヒューマンエラーが頻発。


工程リーダーの一人が怒鳴り声を上げた。


「もうやってられん!3画面開いて1個のチェックって、どうなってるんだ!」


その日の夜、村田はこっそり旧フォーマットのExcel表を印刷し、班員に配った。


「このやり方、内緒で戻すぞ。誰にも言うな」


現場は静かに、だが確実にクラウドシステムを離れていった。


その後もサポートコールは鳴り止まず、操作説明会は閑古鳥。



結末:見えなかった本質

DXプロジェクトは棚上げに。2,000万円の投資のうち、回収できたものはわずか。


神谷専務は「なぜ使われないんだ」と困惑。


村田は言う。


「Excelが万能じゃないのはわかってます。でも“現場に合うツール”って、万能より大事ですよ。」


神谷は黙り込んだ。



教訓・メッセージ

  • "脱Excel"や"クラウド化"が目的になったとき、現場と乖離した導入になる。

  • クラウド=効率化ではない。現場には柔軟性が重要。

  • DXは、現場に根差して初めて成功する

  • システム開発会社の中には、「脱Excel」をうたい文句にして自社製品を導入させることを目的とし、必要以上にExcelの欠点ばかりを強調する手法を取る場合がある。それは“ネガティブな印象操作”によって相手をコントロールしようとするものであり、本来あるべき業務改善の視点とはずれている。発注側は目的と手段を履き違えず、冷静な判断と現場目線での選定が求められる。




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