Excel VBAで「配列を使う/使わない」は設計思想の違い ~セル直接操作型と配列ベース処理の本質~
- yuji fukami
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Excel VBA を学んでいくと、必ずぶつかるテーマがあります。それが 「配列を使うべきか、使わなくてもいいのか」 という問題です。
実はこれは単なる書き方の違いではなく、プログラムの設計思想そのものの違い です。
この記事では、Excel VBA における処理方法を次の2つに整理し、
セル直接操作型
配列ベース処理
それぞれのメリット・デメリット、そして実務での正しい考え方をまとめます。
本記事で使う用語の定義
まず最初に、用語を明確にしておきます。
セル直接操作型
配列を使わない
ワークシート上のセルを直接読み書きして処理する方法
処理の途中結果が常にシート上に見える
いわゆる「セル to セルで処理していく VBA」がこれに該当します。
配列ベース処理
シートの値を一度配列に取り込む
処理はすべて VBA のコード内(メモリ内)で行う
最後に結果だけをシートへ書き戻す
Excel を 入出力装置として割り切る設計 が特徴です。
セル直接操作型とはどんな処理か
セル直接操作型は、Excel VBA を始めた多くの人が最初に書くスタイルです。
Cells(i, 1).Value = Cells(i, 2).Value + Cells(i, 3).Value
実際はもっと複雑な記述になりますが、1行で表すとこのようになります。
このような処理の場合、処理の流れと画面上の変化が一致している のが最大の特徴です。
セル直接操作型のメリット
メリット1:処理の途中経過が目で見える
デバッグ中でもシートを見れば状態が分かる
ブレークポイントがなくても確認できる
VBA 初心者にとって非常に理解しやすい
学習初期や、人に説明する場面では大きな強みになります。
メリット2:Excel操作の延長で書ける
「このセルにこう入る」という感覚のままコードが書ける
小規模な処理なら短時間で完成する
心理的ハードルが低い
セル直接操作型のデメリット
デメリット1:処理速度が遅い
セルへの読み書きは、内部的には COM 通信が発生します。
行き来が多いほど遅くなる
数千行、数万行になると一気に体感差が出る
「動くけど遅い」VBAの典型原因
デメリット2:複雑な処理ができない
次のような処理は、セル直接操作型では構造的に難しくなります。
条件付きでの行削除
柔軟な並び替え
多段フィルタ
処理途中の状態管理
これは VBA の問題ではなく、Worksheet 機能に処理が縛られる設計 だからです。
デメリット3:汎用化・保守性が低い
セル位置前提のコードになりやすい
プロシージャ分割がしにくい
再利用が難しい
規模が大きくなるほど、後から修正しづらくなります。
配列ベース処理とはどんな処理か
配列ベース処理では、最初にデータを配列へ取り込みます。
arr = Range("A1:D10000").Value
そこから先は、シートに触らず、配列だけを操作して処理を進めます。
配列ベース処理のメリット
メリット1:処理速度が圧倒的に速い
シートアクセスは入出力の2回だけ
セル範囲から配列への取得(入力)は
「arr = Range("A1:D10000").Value 」のように 「配列変数 = Range オブジェクト.Value」 と記述することで一括で行えます。
逆に、配列の内容をシートへ出力する場合も、
「Range("A1:D10000").Value = arr 」のように 配列と同じサイズの Range オブジェクトに対して Value を代入するだけで、一括出力が可能です。
参考として「セル範囲の一括出力コードの自動生成テクニック」について下記記事でも解説しています。
ループはすべてメモリ内
セルの値を配列に取り込んだ後は、 Excel の画面ではなく、VBA の中だけで計算しているイメージです。 そのため、セルを何度も行き来する処理に比べて、 圧倒的に高速になります。
大規模データでも安定した速度で処理できる
処理が速いということは、デバッグも速く、開発全体が高速化 します。具体的に言うと、開発段階で「結果待ち」で待つ必要がほとんどなくなります。
メリット2:複雑なロジックを自由に書ける
条件付き削除
並び替え・抽出
中間状態を持つ処理
多段・多条件ロジック
Excel の機能制限から解放され、「ロジックで解決する設計」 が可能になります。
ここでいう「複雑なロジック」とは、Excel のフィルターや並び替え機能だけでは処理の流れを組みにくい操作のことです。
たとえば、「条件に合う行だけを残す」「複数条件で並び替える」「途中結果を保持したまま次の処理を行う」といった処理は、セル直接操作型ではフィルター設定・シート移動・一時出力などが必要になり、手順が回りくどくなりがちです。
配列ベース処理であれば、配列をループしながら条件判定し、必要なデータだけを加工・結合するという形で、処理をロジックとしてシンプルに書くことができます。
メリット3:汎用プロシージャ設計に向いている
配列は 1つのデータ構造として扱えるため、
引数で一括受け渡しできる
汎用プロシージャは簡単に説明すると引数で情報を受け取って、なんらかの処理を行い、返り値を返す処理(入力→処理→出力)を行いますが、配列として1つ情報がまとまった形にしておけばこのような汎用プロシージャで処理を準備しておくことが容易になります。
配列処理用の汎用プロシージャは本サイトで多くを用意しているので、良かったら参考にしてください。
配列ベース処理のデメリット
デメリット1:デバッグ時に中身が見えにくい
配列は画面に表示されない
配列は画面に表示されないため、セル直接操作型のように処理の途中経過をシート上で確認することができません。
配列の中身自体は、デバッグ中にローカルウィンドウを使って確認することは可能です。一次元配列であれば比較的簡単に全体を把握できますが、二次元配列になると話が変わります。
二次元配列の場合、各行や各列の要素を一つずつ展開して確認する必要があり、配列全体を俯瞰して状態を把握することが難しくなります。そのため、VBA の標準機能だけで配列の中身をデバッグ中にしっかり確認するのは困難です。
デバッグ中に配列の中身確認用の自作表示関数が必要
デバッグ中に配列の中身を確認する方法としては、過去に紹介した DPA のように、イミディエイトウィンドウで引数に配列を渡して実行し、配列の内容を一括で俯瞰して確認する、といったテクニックがあります。
このような方法を使えば配列の状態を把握しやすくなりますが、一方で、こうしたテクニックを知らない状態では配列処理は難しく感じやすいというデメリットもあります。
デメリット2:VBA標準機能が弱い
配列を直接操作するための標準機能が少ない
配列の抽出・並び替え・削除を簡単に行う仕組みが用意されていない
結果として、自作の処理(汎用プロシージャ)が必要になりやすい
ただし、一度環境を整えればデメリットはほぼ解消できます。
本質的な違いは「Excelの扱い方」
ここまで、セル直接操作型と配列ベース処理のメリット・デメリットを見てきましたが、両者の違いを一言で表すなら、**「Excelをどう扱っているか」**の違いに集約されます。
セル直接操作型
セル直接操作型は、Excelの画面や操作感をそのままプログラムに落とし込む設計です。
画面に表示されているセルを直接読み書きする
処理の途中経過がシート上に見える
Excelの機能(フィルター・並び替えなど)を前提に考える
そのため、Excelを手で操作している感覚に近く、理解しやすく・安心感のある設計になります。
一方で、処理が大きくなるにつれて「速度が遅くなる」「構造が複雑になる」という問題を抱えやすくなります。
配列ベース処理
配列ベース処理は、Excelをあくまで入出力装置として割り切った設計です。
最初にデータを配列に取り込む
処理はすべてVBA(メモリ内)で完結させる
最後に結果だけをシートへ書き戻す
この設計では、Excelの画面や機能に処理を依存しません。
その代わり、
処理速度が安定する
複雑な条件やロジックを自由に組める
プログラムとしての見通しが良くなる
といった、実務向けの強い設計が可能になります。
ここが、セル直接操作型と配列ベース処理の最も重要な本質的な違いです。
実務での結論
実務の観点で考えると、セル直接操作型と配列ベース処理はどちらが正しい・間違っているという関係ではありません。
重要なのは、使う場面と目的が違うという点です。
学習初期や小規模な処理→ セル直接操作型のほうが理解しやすい
実務・大規模データ・複雑な処理→ 配列ベース処理がほぼ必須
特に、
行数が増えてきた
条件が増えて処理が追いづらくなってきた
処理速度に不満が出てきた
と感じ始めたタイミングは、配列ベース処理へ移行するサインだと言えます。
健全な成長ルート
多くの人にとって、最も無理のない成長ルートは次の流れです。
セル直接操作型でExcel VBAの基本的な仕組みを理解する
処理が大きくなった段階で配列ベース処理へ移行する
セル直接操作型で得た「Excelの構造理解」は、配列ベース処理に移行したあとも必ず役に立ちます。
注意事項:セル直接操作に頼り続けた場合に起こりやすい問題
実際に当方が対応している案件のなかで 「野良マクロ」「ブラックボックス化したマクロ」の保守・改修依頼を対応することが多くあります。
こうしたマクロの多くは、セル直接操作型のコードをベースに、業務追加を重ねた構造になっています。
最初は分かりやすく書けていたコードでも、
セル位置への依存が強くなり
処理の流れが把握しづらくなり
書いた本人以外が手を出せない
といった状態に陥りやすくなります。
これはセル直接操作型が悪いのではなく、処理規模が大きくなった段階で設計を切り替えなかったことが原因です。
Excel VBA の学習では、初心者向けにセル直接操作型のみが教えられることも多く、配列ベース処理に触れる機会が少ないまま実務に進んでしまうケースもあります。
その結果、セル直接操作型のまま複雑な業務に対応し続け、コードが限界を迎えてしまうことがあります。
セル直接操作型で仕組みを理解すること自体は正しい学習ステップですが、処理量や条件が増えてきた段階では、配列ベース処理へ移行する判断が不可欠です。
この切り替えができるかどうかが、「保守できるマクロ」と「誰も直せないマクロ」を分ける分岐点になります。
まとめ
セル直接操作型は「見える安心感」を重視した設計
配列ベース処理は「設計としての正解」を重視した設計
配列を扱えるようになると、処理速度・可読性・保守性が一気に向上する
Excel VBAを本格的に使っていくのであれば、配列ベース処理は避けて通れない技術です。
ただし、いきなり配列だけにこだわる必要はありません。
セル直接操作型で仕組みを理解し、必要になった段階で配列ベース処理へ移行する。
この考え方が、実務でもっとも安定した選択になります。
